DAY11/意思=遺伝子


国を建てるには千年の歳月でも足りない。だが、それを地に倒すのは一瞬で充分である。
〜バイロン〜

はっきり言って東京は地面が不足しており尚且つ、新旧の入れ替わりが遅い =新しい建造物を建てられないということらしい。
らしいというのはテレビで何となく こんな話を聞いていたから「らしい」なのだが、戦後復興の頑張りで「えいや」と建ててしまった 横丁もそんな言われ方をしたら悲しくヤサグレてしまうに違いない。
全然関係ない話だが、子どもの時に住んでいた地域は「おすそ分け」の文化があった。 作りすぎたおかずや、もらい物は近所にしょっちゅう配りに行かされたものである。
そういう意味では今の住んでいる家の周りはそんなことをすると不思議な顔をされてしまうわけで、

過去と決別して新しいものを利便性だけ考えて「えいや」っと建ててしまおうということと

他所に自分の物を配ってまで関係を作ろうとするなんて面倒くさいし、自分だけで完結すれば それでいいじゃないか的な考え

は遠からずなのやも知れん。
古い町並みは明らかに「古い・・・が、強い意志」に満ちていて、日本人が大事にしてきた 謙虚さやいたわり、周りとの繋がりが暖かく気持がいいモノだったハズだったのだが、 今住んでいる地域は、比較的「古い」地域にかかわらず中の人間が入れ替わってしまって そういう感覚は希薄になってしまっている。
当然だが街は人間の作ったもの=人間の体に准えて考えると当然代謝をするべきであって、 冒頭の数行はそれを考えれば納得がいくワケだが、入れ替わった新しい細胞が 今までの遺伝子マップに沿った正しい進化で無い場合は=がん細胞になってしまう。
再開発された新しい街を評価するなどというのは素人の身としては烏滸がましいのだが、 察するに少なくとも街の遺伝子を掬い取ってそこから正常進化させることは有って然るべきの ルーチンなのだろう。
別の見方をすると、街の遺伝子を構成する「人の質」が変わってしまえば、 そこから作られるものはどうとでも換わってしまうという事になってしまう。
過去から「すっぱり切り離されたような街」はそんなところから来ているのかもしれない。
今日も重ねられた看板は静かな音とメッセージを主張する、真実は案外こんなところにあるものだ。