DAY8/coexistence《共有》


国家の価値は、結局それを構成する個人個人の価値である 
〜ミル〜

最近どうやら長屋のリメイクとか古家屋のシェアリングというのが流行っているっぽい。古民家の趣はそのままに内装を自分なりにアレンジしたり徹底的にリメイクするのがその趣旨なのだが、正直そういうのは嫌いではない、 中古家具のリメイク然り「しっかり使える良いものを大事に使う」と言うのは思想的に嘘も無駄も無いからだ。
3月23日の少し生暖かい朝は雨が今にも降り出しそうだったが、取り敢えずぎりぎりのラインで均衡を守っている状態だった。ほんのちょっとのきっかけで崩れそうな空模様は案外自転車にとっては「雨さえ降らなければ」快適なシチュエーションでもあったりもする。
まあなんというかホンダビル近くの展示会場に行かなければいけなかったのだが、メッセンジャーとしての自分を降りた今でも新橋を抜けて六本木⇒青山ルートと言うのは今でも心がワクつく、人が多いところを走るのが馴染むのはメッセンジャーの宿命なのかもしれない。
さて、ぐずったの空の下、車の間を縫ってツインタワーが見えて来ると何と言うか同じ様でいて景色が全く違う…それもそのはず都営住宅の下にTURRYSコーヒーが入っているのだ。最近この界隈に縁が無かったから、暫らくこの光景ともサヨナラしていたがよもや都住の1階にTURRYSが入っていようとは…
恐らくはアメリカやEU諸国では旧いアパートメントの1階を落ち着いたイメージの店舗として開拓&同居というのは当然の光景であるし、不思議と1階になにも店舗が入っていなければゴーストハウス的な都住もこうしてしまえば何処か「映画のようななたたずまい」を見せるわけだから面白い。「良い立地且つ安価なテナント料」というのも当然企業であるのだから有るのだろうが、ここで一番大事なコンセプトは「新しい=素晴らしい、高価=高級」と言う方程式から脱却出来ない人間は、人間として大事な「共存&共有」と言うコンセプトがすっぽり抜けているのではないか?ということなのだ。どうやら日本のビジネス街の趣の無い所を見ると日本人としての基本理念に若干の危機感を覚えはする。
因みにここで展示会前にコーヒーを購入したのは言うまでもない(笑